こんにちは!
本日3月11日は
あの東日本大震災から丸6年ですね。
あの日のことは忘れられませんが
あの衝撃の災害を機に
人生を変えた人物がいます。
神久剛さんという方です。
彼はもともと仙台のテレビ局員だったそうですが
人を助ける仕事に転職を決意して
2016年の1月に海上保安庁入りを果たしたようです。
そんな神久さんのご家族は
いらっしゃるのでしょうか?
子供はどうなのか、調査していきます!
また、年収という意味では
どういった変化があったのでしょうか?
そちらも調べて参ります!
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神久さんの家族は?
神久さんは3.11の日
自宅にいたそうですが、すぐに
仕事場に向かったそうです。
実家の場所やご家族のことについて
調べてみましたが
それらの情報は見つかりませんでした。
宮城にあるテレビ局の場所を見ても
神久さんがより内陸に住んでいれば
津波の被害はなかったと考えられます。
ただ、インタビューでは
ご自身のご家族については
語っていらっしゃらないので
ご無事だったのだと推測します。
しかし、お子さんがいるなどの情報は
見つかりませんでしたので
分かり次第、追記していきたいと思います。
年収はどう変わる?
TV局員から海上保安庁に
転職した神久さんですが
年収の変化はどうだったのでしょうか?
調べたところ
テレビ放送技術者の平均的な年収は
35.5歳で約765万円程度だそうです。
あとはどの部署にいるなどで
変わってくると思いますが
番組制作に携わっていたようなので
アナウンサーなどの業種よりは
どうしても低い傾向にあるようです。
しかし普通のサラリーマンなどよりは
少し高い傾向にありますので
このまま続けていて、技術があれば
1,000万円を超えることも
考えられそうですね。
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一方で
海上保安庁の平均的な年収は
月収で約33万円程度。
しかしまだ通信士補佐という立場もあり
入ったばかりということもあるので
賞与を含めても500万円いかないぐらいでは
ないでしょうか?
ちなみに海上保安庁にも階級があり
1級21万円程度~9級53万円程度
という目安があるようです。
今後さらに給与としては
階級を上げて増えていくと考えて
いいでしょうね。
まとめ
いかがだったでしょうか。
年収の話をしましたが
神久さんはお金のためなんかではなく
人の命を救いたいという思いから
転職をしていらっしゃいます。
あんなに衝撃的な津波を見てしまったら
自分の命の危険を考えてしまい
こんな大きな決断は中々できないと思います。
しかし、それでも人のために生きたいと
決意した神久さんの覚悟には
感服してしまいます。
警察のように
出動機会が少ないほど安全であるということなので
極論、出動機会がないことが理想ですが
天災ばかりはいつ起きるか分かりません。
神久さんの手で、困っている人
苦しんでいる人を一人でも多く
助けていってほしいですね。
最後までご覧いただき、ありがとうございました!
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